教育・子育て

2023/07/31

子育ては自由に?放任との違いは?保護者の悩みに答えます

 

教育家の池江俊博さんに、子どもを「伸ばす親」と「ダメにする親」をお聞きするシリーズの後編です。

 

前編では、「子どもの能力ではなく、性格や行動を育てることが大切だ」という話を伺いました。世の中においては、「どういう人か」ではなく「何ができるか」で評価されてしまいがちなので、親も子育てにおいて近視眼的な見方になってしまうのかもしれません。

前編:尽きない子育ての悩み。子どもとの関わり方の習慣を見直して、子どもを「ダメにする親」から「伸ばす親」に

 

後編では、保護者からの質問に池江さんが答えます。

 

特に関心が高かったのは、「わが子には伸び伸びと育ってほしい。でも、ルールが守れないようでは困る。自由と放任って何が違うのだろう?」という疑問。

教育家の池江俊博さんは、「判断を委ねるのが自由、無関心状態が放任」と話します。親の責任のもとに自由があるかどうかで決まるというのです。

さらに、自由を与えて「待つ」ポイントも伺いました。

 

池江俊博さんとは?

教育家。元空自戦闘機操縦士。20年以上にわたり、0歳からの右脳教育、幼児児童・障害児の教育に携わり、母親指導を行う。幼児から大人にNLPを応用した能力開発を行っている。

「子どもの元気は大人の元気が必要」と、NPO法人読書普及協会を設立、当初常務理事を務める。また陝西省婦人部网校家庭教育専家顧問に就任。中国でも教育の啓蒙や指導の講演を行っている。競泳・池江璃花子選手の父。

 

子育てで大切なのは待つ習慣。自由(選択肢)を与えて見守ろう

沼田:保護者の方からご質問が届いています。「『子育てで大切なのは待つ習慣。自由を与えて見守ろう』とありますが、自由と放任の違いは何ですか?」

池江:自由というのは、けっして好き放題にさせたり、無関心な状態で放置したりすることではありません。目の前に飲み物がいくつかあるとしましょう。どれを飲むか、「○○ちゃんの好きにしていいよ」と出したものから判断を任せるのが自由です。子どもに対して選択権を与え親が注意の目を向けています。一方で、「飲み物を飲もうが飲むまいが、どうでもいい」といった無関心状態が放任、ほったらかし育児です。

沼田:自由と放任を混同している親御さんは多いかもしれませんね。ただ自由といっても、社会にはルールがあります。

池江:その通りです。交通ルールを無視して好き勝手に歩いていいよというのは、放任を通り越して無責任ですね。子どもは社会のルールがまだよく分かっていませんので、それを教えるのは当然ながら親の責任です。親が子どもに与えられる自由というのは、例えば、子どもが一生懸命にやっていることに対して、未熟な部分があってもあれこれと口出ししないということ。「そんなことより、○○しなさい」と言わないこと。それよりも、よく見守って一緒に遊んだり、時間を共有したりしましょう。子どものやる気は達成感が得られることでどんどん育ちますよ。

 

ほんとうに「自由でのびのび」と育てるとは?

「自由な教育」というと、「ほったらかしや放任主義と何が違うの?」と疑問を持つ方も多いかもしれません。

 

放任主義とは、社会のルールや他人との関わりについて親がほったらかしてしまうこと。子どもがルールを無視したり危険な行為をしたりしたとしても、親は子どもを叱ったり諭したりすることをしません。これでは、子どもは生きていくうえで必要な規則や決まりを学ぶことができないでしょう。子どもを放置している親は、子どもに対する信頼や愛情が欠如している状態です。

 

では、自由な教育とは何でしょうか。子どもがやることに親は口出しせず、子ども自身で考え、自由に選択させるという教育方針です。親は見守りながらサポートし、子どもの自立心を養い、個性を伸ばします。子どもの自由を制限し、親が敷いたレールを歩ませるような教育とはまったく異なります。

 

親が子どもの行動に干渉しすぎると、子どもは自分で考えるのをやめてしまい、親の指示を待つようになってしまいます。一方で親が子どもの選択を尊重すると、子どもは「自分の意志が大切にされた」と感じ、責任感と自主性が育まれます。たとえ失敗したとしても、そこから学ぶことができます。

 

例えば、洋服でもコップでもメニューでも進路でも、成長に合わせ「どっちがいい?」と子どもに選択権を与え自分で選ばせることで、子どもはその選んだ結果に対して責任を負うことになります。成長に伴って自分で選択肢をみつけられるようになり、責任感も育ちます。大人になって自分の人生に充実を感じるようになるでしょう。

 

もちろん選択肢を出すのは親ですから、望ましくないことを遠ざけることもできます。

自分の人生がうまくいかないのは○○のせいだという大人になるのと、どちらが良いでしょうか?

 

親は子どもが自ら成長するのを手伝う「モンテッソーリ教育」

自由な教育といえば、モンテッソーリ教育を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

イタリアの医師で教育家マリア・モンテッソーリ博士が考案したことから、モンテッソーリ教育と呼ばれています。近年では、将棋の藤井聡太棋士やAmazon創設者のジェフ・ベゾス、マイクロソフト創設者のビル・ゲイツなどが、モンテッソーリ教育を受けたことで知られています。

 

モンテッソーリ教育は、自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、生涯学び続ける姿勢を持った人間を育てることを目的にしています。子どもにはもともと自立・発達する力(自己教育力)があり、それが発揮されるためには、発達に見合った環境が必要になります。行動するのはあくまでも子どもで、大人は、子どもが自ら成長するのを手伝う「援助者」として接することが求められるのです。

 

90年以上の歴史を持つモンテッソーリ教育は、世界中で実践されており、日本でも取り入れている教育機関は数多くあります。

 

アメリカ先住民の知恵「子育て四訓」

単なる放任か、子どもの自主性を重んじる自由な教育かは、親の元に責任があるかどうかで決まります。子どもの意思で何かを決めることは自立を促すためにも大切なプロセスではありますが、危険なことや、やってはいけないことを教え、周囲に迷惑な場合はやめさせなければなりません。またルールを学ばせ、約束を守らせるのも重要です。

 

子どもが遊んでいると、ときには失敗が予想されるときがあります。しかしその場合でも、親の感情でいきなり叱らずに、適切なタイミングを図って注意するようにします。

 

子ども自身の才能や可能性を信じ、子どもが好きなことや興味のあることを探させるようにしましょう。主体性を育み、サポート役に徹することが大切なのです。

 

もちろん、ときには子どもが不安に陥ることもあるかもしれません。その場合は、子どもの心身の不調に寄り添い、耳を傾けること。守ることが親に求められます。それらは子どもに与えられている権利でもあるのです。

 

日々の子育てに対して、自問自答を続ける親も多いでしょう。

アメリカ先住民には、「子育て四訓」という言い伝えがあります。

 

乳児はしっかり肌を離すな

幼児は肌を離せ手を離すな

少年は手を離せ目を離すな

青年は目を離せ心を離すな

 

子育ての目標は子どもの自立です。子どもは、自分の頭で考えて、自分の力で道を進んでいくことに喜びを覚えるもの。大人はそっと手を離しながら、優しく見守りたいものです。

 

「できない」はずっと続くものではない。今よりもう少しだけ待てる親に

「どうしてうちの子はこんなこともできないんだろう」とついつい声を荒げてしまい、後で自己嫌悪に陥ること、あるのではないでしょうか。

待てない親は、自分の子どもが失敗するのを見ていられなかったり、面倒を避けたかったり、理想の子ども像に近づけたかったり…というエゴが隠れているかもしれません。

 

沼田:次はどうでしょう。「待てない親へメッセージをお願いします」。

池江:待つというのはとても大事なのですが、焦る親御さんが多いから待てないのかもしれませんね。「今、○○ができてほしい」「この歳で○○ができないなんてダメじゃないか」と思うかもしれませんが、今の状態があと何年も続くわけではありません。もっとおおらかに構えてほしいと思います。

沼田:「なんでうちの子はこんなに落ち着きがないのかしら?」って、親御さんも落ち着かない(笑)。

池江:お子さんが椅子に20〜30分座っていられないと悩む方は多いですよね。でもね、机で絵を描いたり、本を読んだりするのが楽しいし、何かをすることが当然と思うような子どもは、椅子に座っていることは苦痛でもなんでもないです。少しずつステップを踏んでいけば、子どもは必ずできるようになります。それをせずに、小学校に入っていきなり「ずっと椅子に座っていなさい」と言われたら、子どもだってかわいそうですよ。

沼田:親の都合に合わせてはだめですね。

池江:待てない親御さんって、お子さんのことをあまりよく見ていないかなと思うときがあります。子どもをよく観察していると、「手を伸ばすだろうな、次に何か触りそうだな」とわかりますよね。でもスマホをいじっていて子どもを見ていなかったりすると、子どもが物を落として割ってしまったとき「何やってるの!」となる。子どもの行動には必ず前兆があるのに、見落としてしまうのです。

沼田:耳の痛い話です。

池江:スマホを置いて子どもをよく観察すること。何か言いたくなったら、自分の中で数を数えてみるのもいいですし、あるいはお子さんが生まれたときのことを思い出して、幸せな気持ちをもう一度味わってみてもよいでしょう。親御さんはどうしても、お子さんが何かを「できる・できない」という【can】の部分に目が行きがちです。それは、世の中の評価の仕方がそうなっているから仕方がありません。しかし、親御さんだからこそ、お子さんが「どういう性格であるか」という【be】を見ていてほしいと思います。

沼田:親自身が、世の中の短期的な評価に振り回されないというのは大切ですね。

 

何にでもあきっぽい、熱心になれない原因は?

「子どもが飽きっぽい」という悩みもよく聞きます。しかし、欠点は長所の裏返し。「好奇心旺盛とも言える」と池江さんは話します。好奇心が旺盛であればこそ、周囲がよく見えるのでいろいろなことに注意を向けられたり、エネルギーに溢れていたりするのかもしれません。また物音に敏感なので、音楽の才能を発揮するということもあります。親の価値観で判断してしまわないことが大切です。一方で、親のせいで子どもの集中力が切れてしまっている場合もあると池江さんは指摘します。

 

沼田:次も気になります。「飽きっぽくて何事にも熱心になれないのは何が原因ですか」。

池江:いろんなことに興味があるというのは、好奇心旺盛なお子さんという見方もできますよね。ただ、子どもが一つのことに集中できない環境を作ってしまっている親御さんがいるのも事実です。

沼田:親にも原因があるのですね。

池江:まず、子どもが取っ替え引っ替えいろんなおもちゃで遊び、あちこち散らかしていくようならば、それはおもちゃが多すぎます。おもちゃは数種類に絞り、なるべくテレビやテレビゲームは遠ざけておきましょう。子どもというのは、必ず手元にある限られた物だけでも無限に遊ぶことができます。

沼田:与えすぎている可能性があるから、引き算が必要ということですね。

池江:既製品のおもちゃだけでなく、たまにはおもちゃを手作りしてみてはいかがでしょうか。親御さんがお子さんと一緒に楽しみながらおもちゃを作れば、いろんな発見もあるでしょうし、子どもの好奇心も育まれます。手作りおもちゃには愛着が湧きますから、物を大切にする意識が芽生えるでしょう。親も、自分が作ったおもちゃで子どもが遊んでくれるのは、格別に嬉しいものです。

沼田:今のお父さん、お母さんが、生まれたときから高価なおもちゃやゲームが身の回りにあるのが当たり前の世代ですから、手作りおもちゃという発想があまりないのかもしれません。

池江:おもちゃを手作りすれば、楽しい時間を子どもと共有できますよ。その時間は、何よりもかけがえのない思い出になるはずです。

沼田:池江先生、豊富なヒントをありがとうございました。少しずつ実践していきたいですね。

 

<まとめ>

後編では、読者からの質問に答える形で池江さんの教育論をお聞かせいただきました。

 

子育ての目標は、子どもが自立すること。親は「補助輪」であるべきなのに、いつまでも子どもがやることに口出ししたり、手を貸してしまったりしては、子どもの自立心が育ちません。子どもが一人で自転車に乗ることができるようになり、「楽しい!」と目を輝かせる瞬間を応援できるように、親は少しずつ補助輪を離していくべきなのかもしれません。

 

また、子どもの集中力を親が妨げている可能性があるというのも、考えておく必要があります。物を与えること=愛情ではありません。限られたおもちゃを工夫して遊ぶことで発想力が鍛えられますし、おもちゃを手作りすれば創造力が豊かになるでしょう。おもちゃの与え過ぎに気をつけ、親子でおもちゃを作る時間を楽しみたいものです。

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