教育・子育て

2023/06/30

子どもの脳神経の発達に身体感覚は欠かせない。そろばんが受け継がれてきた本当の意味とは?

「自分でやるのはとても無理だろう」。そう思って、小さいお子さんについつい靴紐を結んであげたり、ボタンを掛けてあげたりしていませんか?

 

「お子さんにとって指先の感覚を鍛えるとても良い機会なのに、親が奪ってしまうと、子どもの身体的な経験値がどんどん少なくなっています」とアゼリーグループ代表・来栖宏二先生は指摘します。

 

来栖先生はリハビリ医でもあり、高齢者の認知症を予防する研究を行なっています。脳神経の発達を考えたとき、子どもとお年寄りには【体を動かすことが脳神経の発達につながる(=認知症予防にもなる)】という共通点があるのだと言います。

 

今回は、子どもの脳神経を発達させる教育について来栖先生に伺いました。

 

来栖宏二さんとは?

アゼリーグループ代表(学校法人アゼリー学園、社会福祉法人江寿会、医療法人社団東京平成会)。医学博士。

1999年特別養護老人ホームアゼリー江戸川を開設。2000年新小岩平成クリニックを開院。

その後リハビリテーション専門学校、保育園等を開設し、福祉・医療・教育のサービスを三位一体で運営している。

現在関東圏に多数の介護施設、保育・学童施設等を経営している。

かつて経営コンサルタントで船井総合研究所の創業者・船井幸雄氏のリハビリを担当。

 

 

 

頭と体を同時に動かすのは、子どもの発達を促し、高齢者の認知症も予防する

沼田:本日は来栖宏二先生にお越しいただきました。代表を務めているアゼリーグループでは、「福祉」「医療」「教育」の3つを柱としてサービスを提供されています。高齢者と子どもでは、一見するとまったく別々の分野のように思えますが、いかがですか?

来栖:子どもはこれから発達をし、さまざまな機能を得ていく段階です。一方で高齢者は、これまで得たものを少しずつ失っていきます。確かに正反対のように思えますね。私は大学では神経生理学を勉強していて、どうすれば認知症が進まないかを研究していました。神経の発達について考えるとき、子どもの発達段階を念頭におく必要があります。すると、【体を動かすことが脳神経の発達につながる。同時に認知症予防にもなる】という脳の原則は、子どもも高齢者も同じだということがわかったのです。

沼田:なるほど。もともと体育は知育・徳育と並ぶ三育として、人間の教育に欠かせないものでした。

来栖:知能教育ばかりでなく、体を動かすことも脳に必要だというのが、昔の人は経験則として知っていたのです。そういう意味では、手先を動かすそろばんは、神経生理学的には脳にとってとてもいい刺激になります。認知症予防のために「デュアルタスク(※)」といって、体を動かしながら頭も使うというトレーニングがあるのですが、そろばんは頭も体も両方使えますね。

沼田:デュアルタスクというトレーニングがあるのですか。

来栖:運動をすると、体の動きを司る脳の部分が活性化されます。同時に思考を行うと、前頭前野が刺激されます。デュアルタスクを行うと、脳のさまざまな部分を一度に活性化させることができます。一方で認知症が始まり、前頭前野が衰えると、複数のことを同時にできなくなってきます。特に料理のような、計画性が必要な行為が面倒になります。

沼田:実は、高齢者の方から「自分もそろばんを勉強できないか」というお問合せをいただくことがあります。

来栖:デュアルタスクの一つに、歩きながら暗算をするというメニューがあります。耳で聞いた問題を歩きながら頭の中で解くのですが、つまりそろばんと一緒ですよね。こういう刺激は、もちろん高齢者だけでなく子どもにとっても大切です。子どもの発達段階において、3歳から6歳までがクリティカルポイントといって、最も神経が発達する年齢です。ここにたくさんの刺激を与えるというのがとても重要。そろばんのように、昔から続いているものには理由があるわけです。

沼田:勉強と運動って別物のようにとらえられていますが、よく考えると我々も指と体を動かして脳に刺激を入れていますよね。

来栖:漢字や英単語だって書いて覚えました。私はそろばんはやりませんが、そろばん経験者で指を動かしながら暗算している人がいますね。頭の中にイメージがあるから、左脳から右脳に思考領域が広がっているのでしょう。

沼田:そろばんは反復練習なので、、創造力を養うこととは正反対の学習だと思われがちです。しかし、反復練習は論理的思考を高め、最終的には創造に辿りつくのですよね。 

来栖:絶対そうですね。右脳を開くために、準備運動のような動きが必要で、その準備運動として単調な動きは大事です。

(※)認知症予防のための取り組み「コグニサイズ」の一つ。コグニサイズは脳トレとは異なり、じっくりと頭を使う課題や体の一部を動かしながら考える課題ではなく、全身を動かす運動と頭で考える課題が混ざっています。

 

子どもの神経系は6歳までに90%が発達する

子どもは成人までの過程で身長や臓器が大きく成長しますが、その成長具合をグラフで示したものが「スキャモンの発育曲線」です。

 

脳や脊髄、視覚器などの神経系や感覚器系の成長を示す神経系は、生後0歳から急激に発達し、4歳時点で約80%、6歳時点で約全体90%に達しています。一方で6歳以降では発達がきわめて緩やかで、12歳までにほぼ100%の神経系が出来上がります。

 

このように、神経発達のゴールデンタイムと呼ばれる0歳〜6歳の間に、より多くの刺激を与えることが子どもの発達に重要ということがわかります。

 

この時期には、鬼ごっこやかくれんぼ、だるまさんがころんだなどのような、昔から受け継がれてきた遊びが推奨されています。さまざまな動きの要素が詰まっているからです。子どもが興味を示す運動や動作を伸び伸びとできるような環境を整えたいものです。

 

 

身体的経験値が少ないのに、プリント学習が先行しているのではないか

子どもが身体的な感覚をフルに使い、世の中のあらゆることを知り、覚えていくというのは、よく考えてみれば当然のこと。しかし現代はタブレットでの動画鑑賞が当たり前になり、体を使って遊ぶ機会も少なくなっています。子どもがさまざまなことを体験する機会を確保したいものです。

 

沼田:アゼリー保育園では、STEAM教育(※)の保育版「STEAM保育」を行なっていますね。 詳しく教えてください。

来栖:東京理科大学の川村康文教授と一緒に開発を行なっているのですが、先生が意識して取り入れているのが、体を動かすことです。子どもが自分で野菜を切ったり、粘着テープを自分で剥がしたり、実験のために氷を入れて振ったりします。体を動かすことで何かがわかったり、頭を使ったりする感覚というのはとても重要なのです。STEAM教育というと理科実験のようなものをイメージされる人もいるかもしれませんが、乳児期においては感覚を使った遊びを行い、感覚を通して頭の中にいろいろな情報をインプットします。

沼田子どもにとって安全だろう、便利だろうという親心が、実は成長の機会を奪っていて、小学生でも靴紐を結べない子が増えました。

来栖:シャツのボタンを自分で止められない子ども多い。指先の感覚を鍛えるとても良い機会なのにそれをしないから、身体的な経験値がどんどん少なくなっています。一方で幼児教育が過熱し、プリント学習のような知能教育ばかりが行われているというのは、非常に偏りを感じますね。

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※STEAM(スチーム)教育…理系・文系にとらわれず、問題を見つけ解決する力を育む学習のこと。SはScience、TはTechnology、EはEngineering、AはArtの略。

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感情をコントロールする力をつけるには、指先の運動が欠かせない

手先の器用な子どもは、感情が穏やかだと言われています。

 

感情のコントロールと、手・指先の運動を司るのは、同じ前頭葉という部位です。

指先で細かな運動をするとき、人間の前頭葉は活発に動いています。繰り返し前頭葉を使うことで、脳はより発達していきます。そのため、神経が発達する6歳までに手・指先を使う遊びや運動を繰り返し行うことで、子どもの前頭葉の発達が促進されるのです。

 

もちろん、同じ部位が司る「感情をコントロールする力」も一緒に育ちます。子どもの発達や興味に合わせて、本人が「楽しい」と思える遊びを行うようにしましょう。

 

【前頭葉】

大脳新皮質の一部分であり、高度な脳の機能を司ります。左側の前頭葉を含めた「大脳新皮質」は、言葉の理解、思考能力、読み書き、計算、数学的考え方などに関わります。右側は、空間認知、立体感覚、直感的総合的な思考、想像力、ひらめき、芸術的な創造力に関連するとされています。

 

なお、ストレスや不安が続くと前頭葉も萎縮してしまうと言われています。

 

脈々と受け継がれてきたものには教育的な意味がある

「子どもには最善を尽くしてあげたい」と思うのが親ですが、親が正しいと考える価値観が30年後も存在するとは限りません。変化の激しい時代、子どもが生き抜くのに必要なのは、自分の頭で考える力。そのためには親も、思考力を磨かなければならないのです。

 

沼田:今は生成AIの話題で持ちきりですが、これからの時代を生きるのに、お子さんにはどんな力が必要になると思われますか。

来栖:大人も含めて、今の日本人は自分の頭で考える力が足りていないと思います。情報が多すぎると、自分の頭で想像をめぐらせる機会が減ってしまうのではないでしょうか。たとえば、テレビよりもラジオを聴かせて自分の中で情景を思い浮かべるくせをつけるのもいいと思います。

沼田:テレビもインターネットも、何もしなくても情報が目や耳から入って来てしまうので、人間は受動的になってしまいますね。

来栖:あらゆることが便利になりすぎた結果、自分の人生すらどこか他人事のようにとらえている人がいるのも気になります。デジタル化が進み、アナログな情報に触れる機会が少なくなると、子どもの発達にどういう影響が出るかを研究している人もいますね。

沼田:子どもの考える力を親が阻んでいる可能性もあるのではないでしょうか。

来栖:幼稚園で子どもが転んで擦りむいたりすると、「安全管理がなっていないのでは」と言う親御さんがいます。心配なのはわかるのですが、子どもが集団生活をする中で、すり傷の一つや二つは当たり前。過保護になりすぎて、子どもが本来経験すべき体験や機会を奪うのは、親にとっても子どもにとっても良くないことです。

沼田:「子どものためを思う行動が、実は成長の機会を奪っている事も多いですね。 

来栖:ただ覚えておいてほしいのは、今の価値観がこれからも続くかわからないということ。変化が激しい時代ですから、30年前の常識は今の非常識です。当然、親がいいと思っている価値観が、あと30年後に残っているかは誰にも予想できません。

沼田。大人の常識や経験は、子ども達が生きる未来には通用しないことも念頭に置かなければなりませんね。

来栖:私が20年前に老人ホームを始めたときは、これほどドメスティックな産業はないと思っていました。ところが今や、正規職員の3割が海外出身です。コンビニエンスストア業界も、10年以上前は9割が日本人、1割が外国人でしたが、今やそれが逆転しました。こういうことがこの先何度も起こると想像してください。

沼田:当たり前だと言われていることが本当に絶対なのかという疑問を、頭の片隅に置いておく必要があります。

来栖:ただ、こういう話をすると、「あと数年で、リアルタイムで自動翻訳ができるようになるから、英語学習は不要になる」と言い出す人がいます。もちろん議論の余地があるところですが、言語というのはそれぞれ概念が異なるから、英語を覚えると英語の概念で思考することができます。だから、違う国の言葉を学ぶ意義というのは、やはりある。

沼田:機械翻訳で十分な部分もあれば、そうでない部分もありますね。そろばんが現代でも残っている理由です。

来栖:社会全体が子どもの教育に対して近視眼的になってしまっていますが、やはり今の子どもにとって必要なのは、健康な体と健康な精神と、普遍的な教育です。伝統的に残っているもの、脈々と受け継がれているものというのは、そこに何か本質的な意味があるはず。その良さを再発見し、継承していくというのはとても大切だと思っています。

 

<まとめ>

かつて日本では、【知育・徳育・体育】が三育と呼ばれ、教育における欠かせない柱と言われていました。しかしいつの間にか体育が切り離されてしまい、学習=机の上で行う読み書きと思われるようになってしまったのです。

 

ただし、子どもの発達を考えると、体を動かしながら頭を動かすというのは当たり前なこと。子どもは身体をすべて使って、世の中のあらゆることを学んでいきます。

 

学習においても、頭と指先を同時に使うというのは自然です。そろばんのように、昔から伝わっているものには意味があるのです。

 

親は子どもの身体的な学習の機会を奪わず、さまざまなことを経験させられるよう見守りたいものです。

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